馴染みがあるのに実は知らない!日本茶の歴史

緑茶

ほとんど知らない!日本のお茶のなれそめ!

どーも!こんにちは!

最近、ようやく花粉症状が
若干落ち着いてきたちくわ男です。

 

皆さん、日本のお茶って
どうやって生まれて
今の形になったのか、知ってますか?

もし知ってたら、あなたとはお茶友になりたいです笑

 

僕らの祖先がどのようにお茶と出会い、
育ててきたのか。

 

日本人として、知っておいて損はないはずです。

伝来説と自生説

※今回の内容は『お茶の科学』大森正司(ブルーバックス)を参照

まず、日本のお茶の起源について。

 

そもそもこちらは、
まだ推測の域を超えていません。

 

有力なのは、伝来説ですね。

永中(えいちゅう)というお坊さんが、
中国から持ち帰り、嵯峨天皇に
献上したと記録が残っていて、
それが日本の最古のお茶に関する記録です。

時代は奈良時代ですね。

永中さんが最初の人かはさておき、
やはり遣隋使や遣唐使などの中で、
お茶を持ち帰ったというのが有力です。

 

なんですが、もう一つが面白い。

 

なんと、日本自生説、というものがあります。

日本茶のルーツは、ここ日本から!というのです。

ポイントは、以下の3点。

1)中国地方には日本独自に進化している後発酵茶が存在
2)地元の伝承で、源平合戦時には庶民にお茶が普及
 =他の地方では江戸以降普及
3)大森教授研究チームがわずかな可能性をかけて
  DNA解析を目下進めている

最後の3)については、
中国茶のルーツと言われる
樹齢3200年とされる茶の古木の
DNAと日本茶DNAとの違いを
完全に証明できるかどうか
少しずつ研究を進めているところです。

 

ちくわ男
ちくわ男

すこし、自生説を応援したいな、
なんて感じてしまいます^^

千利休の後こそ、お茶が花開く

千利休がお茶文化を普及させた!

というのは、なんとなーく
イメージあるかと思います。

 

茶道の元ですよね!

 

でも、その後の時代にこそ、
いまのお茶の形が出てきます。

庶民にお茶を飲む文化が普及するきっかけに、
重要な影響を残した人物が2名います。

まず、一人目が、永谷宗円(ながたにそうえん)氏

1681年に農家に生まれた人物。

※参考情報ページ↓
https://services.osakagas.co.jp/portalc/contents-2/pc/tantei/1270824_38851.html

この方が何かを行ったのか。

それは、、、

緑色の茶葉を普及させた

と言えます。

新たに、「揉み」の工程を入れて、
お茶の葉の色味変化を抑えることに成功しました。

その製法を「青製煎茶製法」といい、
それまでのお茶を「黒製」といって区別しました。

日本茶の製法の最高点と言われ、
これ以後、いわゆる「煎茶」という
概念が生まれたとされています。

でももっとピンとくるのは、

この人の子孫が
永谷園
を創業しています!

もう一人、偉人のご紹介です。

その名も、「売茶翁(ばいさおう)」と言います!

1675年生まれの僧侶。

※参考情報ページ↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%B2%E8%8C%B6%E7%BF%81

なんだか天狗のような形相です笑

 

この方が何をしたのかというと・・・

喫茶店を開いて、庶民に煎茶文化を広げた
とされています。

僧侶なのに、店開くんかい!

と思う方もいるかもしれませんが、
これがアメリカ西海岸でひそかな人気人物。

アメリカでは禅的生活はなかなか難しいのですが、
この売茶翁のスタイルが現実と禅的生活の調和の象徴とされているようで、
アメリカでの禅的生活の模範となっているのかもしれません。

売茶翁のおかげで、煎茶が庶民に広がりました。

 

なにより最後にびっくりなのは、

永谷宗円さん・・・97歳まで
売茶翁…87歳まで

生きています。
お茶飲み長寿!!

ということで、本日は以上!

 

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